島コラム vol.10:校医の役割
東京都立広尾病院 内視鏡センター長 小山茂
島に赴任して2年目の春に、風疹と水痘が同時に流行りました。何でも10数年ぶりの島内流行とのことでした。
かかるのはやはりお子さんが中心で、連鎖反応的でした。ご家族から電話で問い合わせがあると、大体夕方近くに受診をお願いし、連れて来ていただき対応しました。変にこじれることなく皆さんよくなりましたが、成人の方が罹ると全身状態が芳しくない傾向で、中には連日点滴して乗り切った方もいました。
診察の後、学校の養護の先生に電話します。「だれだれがこれこれにかかりました」そして再診で一定基準よりも良くなったのを確認したら登校を許可し、また報告手続きをします。その先生と普段やり取りするのは健診で出向いた時くらいですが、こういう時は日に何度も連絡しました。(ちなみにその時期も両方同時に罹患したと思われる方はいませんでした)
当時は両疾患ともワクチンは任意接種だったので、希望に応じて取り寄せ、皮下注射しました。多くは島を出るイベントを控えているお子さんが対象でした。校外学習や部活の試合に参加できなくなり、しゃくり上げながらドアを出る後ろ姿は気の毒でした。
そんな中、修学旅行を目の前にしたあるお子さんの発症を確認した時、連れてきたお母さんが「何とか行かせてやりたいです…」と目の前でおっしゃったのも、ごもっともと感じました。それでもOKするわけにはいきません。
翌日、同級生の親御さんから「何とかならないですか」との反響があり、それを受けて担任の先生からも問い合わせの電話がありました。
校医はアドバイスできても命令はできません。事が大きくなる前にと校長先生に電話で報告し相談しました。
「わかりました」と静かに電話を切られて、程なく「止めさせました。これも教育ですから」と、きっぱりとした連絡をいただきました。
その瞬間、校長先生は私の恩師の一人になりました。
〔東京都立広尾病院広報委員会発行 広尾病院だより 第184号(令和3年6月発行)収載〕
*当記事は東京都立広尾病院より掲載許可を賜り、転載しております。
*Profile/小山茂(こやましげる):1986年自治医科大学医学部卒業後、