島コラム vol.5:イレボウソウの話

東京都立広尾病院 内視鏡センター長 小山茂

感染症の話題が引きも切らない昨今です。東京都島しょの現地医療機関からも、警戒モードの知らせや相談が届いています。生活環境や交通機関の状況などを考え併せれば、現地に暮らす方々の心中を察するに、戦々恐々の面持ちかと存じます。この四月末には日本島嶼学会からも、全国の島々への渡航を自粛する呼びかけが出されました。

歴史をひもとけば、近世より感染症対策が島の医療における大きな柱の一つだったことがうかがえます。巷では100年前のスペイン風邪がよく引き合いに出されていますが、ここでは天然痘を取り上げます。

ペストと並び世界的に猖獗(しょうけつ)を極めた天然痘は、丁度40年前の1980年5月8日に、WHOが根絶宣言を出しました。その4年前の1976年より、予防接種としての種痘が国内で実施されなくなりました。ジェンナーが種痘法を見つけたのが二世紀前の1796年で、日本国内での接種はその発見から半世紀後のことでした。

その国内接種の草創期に、江戸へ運ぶ予定の種痘を積んだ汽船第二長崎丸が八丈島に漂着しました。乗っていた二人の医師(『イレボウソウ(種痘)』の達人)が島民数千人に接種したところ、抜群の予防効果を発揮したことが記録に残っています。

種痘の全国実施は明治時代に法制化されてから進められました。東京の各島も同様で、昭和の初めにかけて順次普及した記録が残っています。

スペイン風邪の原因であるインフルエンザウイルスは流行時には同定されておらず、ワクチンの開発もまだ夢物語でした。2009年春より流行した新型インフルエンザも発生時かなりの脅威を示しましたが、同年秋に開発されたワクチンを実際に接種した時は安堵感が込み上げたのを記憶しています。今回も集団免疫の獲得を待つ前に、有効な『イレボウソウ』の実用化が期待されます。

この拙文が人目に触れる折、一体どのような情勢になっているか予想出来ませんが、この先いい形で推移してくれればと願ってやみません。

〔東京都立広尾病院広報委員会発行 広尾病院だより 第180号(令和2年6月発行)収載〕

*当記事は東京都立広尾病院より掲載許可を賜り、転載しております。


*Profile/小山茂(こやましげる):1986年自治医科大学医学部卒業後、東京都立広尾病院にて初期研修。「島しょ医療」を重点事業の一つに据える同院にて消化器疾患を専門に内視鏡検査・治療に従事。2012年より同院内視鏡センター長。これまで利島、神津島等へ赴任、現在も八丈島等へ定期的に訪問し、内視鏡検査にあたっている。島しょ医療研究会世話人、島嶼コミュニティ学会理事。