島嶼コミュニティ学会の10年をふりかえって -退任の挨拶にかえて-

松本 誠一

 1990年頃から離島や豪雪山村を訪ねて、生業、家族・親族・地域の社会組織や儀礼、民間信仰、保健・医療・福祉の実情を聞いて回る研究グループがありました。そのメンバー中の若干名が離島研究の視野を広げるために日本島嶼学会(1998年発足)に入り、交流の輪を広げました。そうした活動・交流が、島嶼コミュニティ学会の構想につながりました。
 2010年6月に日本島嶼学会のメンバー数人を招いて学会設立プレワークショップを開き、1年の準備過程を経て島嶼コミュニティ学会は発足しました。3.11が起ったのはまさにその間です。東北地方太平洋沖地震、大規模津波、福島第一原子力発電所炉心溶融・水素爆発事故による一連の大災害が起きました。その被災と影響は広範囲に及び、東京も放射線量が高く観測された所があります。外国大使館や企業の中には東京の事務所を閉じて関西以西や、海外に拠点を移す例も現れるほどの不安感がもたれました。東京での放射線被ばくの懸念に対して、私たちは文京区や千代田区で集まるたびに線量計を携行しているメンバーが毎回、放射線値を確かめてくれました。大丈夫そうなので、島嶼コミュニティ学会の設立総会・研究大会は延期せず、開催することにしました。
発起人の中には、福島県から埼玉県に避難してきた人々の受け入れに携わるメンバーもいました。準備会合のたびに動向を聞きながら、コミュニティ変動に関する生々しい現場情報を共有できる機会を常設化するのを先延ばしにしたくないという思いもありました。
島嶼コミュニティ学会は会則で活動目的を「島嶼及びコミュニティに関する研究を行い、学際的、職際的に交流し、もって島嶼学並びにコミュニティ研究の発展に資すること」と定めています。2017年に会則を一部改定しましたが、活動目的の規定はほとんど変っていません。この10年間に、「島嶼及びコミュニティ」の部分の解釈について、会員間でも解釈をことにする場合が生じましたので、対象は「島嶼のコミュニティ」のみに限定するのでなく、「島嶼とコミュニティ」にも広げる趣旨の合意を形成しました。「島嶼学並びにコミュニティ研究」とも明示しました。その理由は、島のコミュニティの特徴は本土のコミュニティとの比較において明確になるからです。本土でも「陸の孤島」と呼ばれたへき地、豪雪地などがあります。また隠れキリシタンのような歴史的に閉じた、あるいは潜ったコミュニティがありました。
また、「コミュニティ」の概念について、新旧社会学事典を見ますと、「共同体」あるいは「地域社会」などの訳語をつけることが勧められてきました。しかし、地域にかかわらず共通の関心を有する人々や、国境をも超えたネットワークを介した社会関係なども含んでいく広義の用語として使うことを提唱しています。グローバル化の進展する世界で、国境をまたいで結びつく、人々のトランスナショナルな関係はますます増えていくでしょう。トランスナショナル化は国土を基盤とする国家への依存を希薄化していくと予想されます。
しかし、感染症拡大の防止のために自治体、国家など地域を管轄区域とする機関が人流、接客業・学校の対人行為の抑制や、保健医療機関と連携して感染者発見のための検査、感染者に対する治療を進めていく主体として権限を示しています。災害への対応に際しては、地域から離れることのないコミュニティがあるのでしょう。

沿革

  • 2010年6月26日 学会設立プレワークショップ
  • *2011年3月11日 3.11
  • 2011年6月18日 第1回年次大会・総会で学会設立
  • 2011年8月20日 第1回八丈島フォーラム(伊豆諸島フォーラム)
  • 2011年8月20日 会報創刊号
  • 2011年11月13日 第1回研究発表会(研究大会)
  • 2012年6月16日 『島嶼コミュニティ研究』創刊号
  • 2013年10月26日 第1回島カフェ
  • 2016年9月16日 日本学術会議による協力学術団体指定
  • 2017年4月10日 特定非営利法人認可(内閣府NPO法人ポータルサイト)
  • *2020年4月7日 Covid-19による日本最初の緊急事態宣言の発出

 10年間に本会では50数回の集まりを主催しました。年2回の大会で会員の研究発表や、シンポジウムなどを実施しました。島カフェではアカデミズムに固まらないスタイルで個人の研究、実践報告と意見交換から学び合いました。島フォーラムでは島の人々との交流の機会をもちました。いずれの催しの後にも懇親会がもたれ、これへの参加率が高いのです。まさに共食して関係を深めることは、本学会コミュニティ形成の場となっています。
他の学会と同じように、こうした対面的コミュニケーションが学会活動の核心的意義を有してきましたが、この2年間は新型コロナウィルス感染防止のために、非対面のオンライン会議、および懇親会を試行しました。与那国島や礼文島、海外からも同時にリモート参加をできる経験を共有しました。オンライン会議に慣れてきたことは、今後の本会活動の展開の仕方に選択肢を増やしました。
2011年発足以来、10年の長きにわたり会長職を引き受けた私自身のことで恐縮ですが、東洋大学に籍を置いていた関係で、東洋大学を会場として開催することが多かったです。会長は会場係と冗句を飛ばしましたが、おかげで多くの報告を見聞でき、充実し幸運であったと思います。

日本は世界でも島嶼を非常に多くかかえる国です。しかし、有人島の数は島嶼全体の10パーセント未満です。2021年4月現在の「離島振興対策実施地域一覧」(国土政策資料)によると、254島に376,229人を挙げています。日本の総人口を1億2548万人(総務省統計局。2021年3月推計値)とすれば、離島人口は全体の0.3パーセントでしかありません。これでは、日本の暮らし、未来が語り論じあわれるときに、島の人たちのことが念頭に置かれていない場合が多いのは仕方ないかもしれません。
しかし、さすがに国は離島振興法、沖縄・奄美・小笠原諸島振興特別措置法でハンディキャップを補おうとしてきました。2017年には新たに有人国境離島特別措置法が施行され、「領海、排他的経済水域等」の管理の拠点となる島の「保全」「地域社会の維持」を目的としています。北海道から鹿児島県までの島の中から特定有人国境離島が指定されており、沖縄・奄美・小笠原地域は外されています。この法に関連して「国境の島憲章」が構成離島市町村長・都道府県関係機関、および内閣府の発起人の連名で提唱されました。注目されるのは、本憲章に「国境の島活性化七箇条」が添えられていることで、「島国プライド」「面白いことを真面目にやろう」「答えは現場にある(ので)現場考働主義」等々、行動のよびかけが表示されています。この内容は国境離島に指定されていない他の離島にも共有されてよいものと考えます。本学会の活動をふりかえって共感できる項目が多いと思います。10年の時限立法だそうですが、島活性化七箇条はプリントアウトして手帳に挟んでおくことをお勧めします。
 本学会の活動を通して日本の島の「生き字引」と言える方々とも知り合えました。島に関して深い知識・経験の一端を伺うこと、学生を島に同行したり、島の生徒から発表を聞いたりすることは、島嶼研究の将来への継承企画として、今後も楽しみです。
島の人たちは自らの生活を「普通」と認識しがちなので、「島の日常」を発信してもらうことが増えればと期待し、SNSという手段はお手軽なので推奨します。